| 略歴 |
1955年 神戸生まれ。
少年期は岡山県倉敷市にて過ごす。小学校、中学校時代は漫画家を志す一方、相撲の大鵬、貴ノ花、プロレスのアントニオ猪木に熱中。
特に猪木が凱旋帰国し、背広姿でリングにさっそうと登場。外人レスラーを得意のナックルで場外に叩き落としたシーンは今でも目に焼き付いている。「カッコええー」猪木信者第1号?となる。
倉敷青陵高校で大森研一氏(現倉敷TPオーナー)と出会う。
1975年 偶然つけたテレビに映し出されたアーノルド
シュワルツネガーの満面笑みを浮かべながらのモーストマスキュラーポーズに強い衝撃を受ける。「1日でもいい、アーノルドのようになりたい!!」と。
同年 夏、久しぶりに再会した大森氏の鍛え上げられた筋肉に驚く。
早速、大阪のナニワボディビルクラブに入門。本格的なトレーニングを始める。新井氏、里氏(SATOさん)とパートナーを組むことにより、トレーニングパートナーの大切さを知る。
1980年 ミスター大阪初出場。ジュニアの部優勝。この年のミスター大阪は後のミスター日本、アジアチャンピオン、現在オリンピック選手の筋力トレーニング指導の第一人者として活躍中の小山裕史氏。
1984年 米国ユタ州のビジネスカレッジに留学。この時、伝説のファーストミスターオリンピアラリー スコット氏よりトレーニング指導を受ける。

1985年 米国カリフォルニア州サンタモニカのワールドジムでトレーニング。あこがれのシュワルツネガー、リー ヘイニー、フランコ コロンボ、ルー フェルグノ、俳優のシルベスター スタローンといった錚錚たる面々を横目にトレーニングに励む。

1985年7月 90キロの体重を73キロに減量し、ミスター岡山に出場。優勝する。

同年 ミスター関西3位、西日本5位。
1991年 転職に伴い、勤務の都合上、コンテストから一時引退。
1993年 トレーニングを再開。植野勝美氏(後のミスター大阪フライ級1位)と出会い、トレーニングパートナーを組む。
1994年 ミスター関西3位にカムバック。来年の優勝を目指すべく、ヘビーデューティトレーニングを取り入れる。この時のパートナーはTABAさん。
1995年 ミスター関西、ミスター大阪優勝。

1996年 ミスター日本17位。その後、勤務の都合により、コンテストから遠ざかる。
現在はホームトレーニーとして通信販売で買い込んだベンチとダンベルで「ステイヤング」を合言葉に汗を流している。「 サラリーマンビルダー健在なり。」
2000年 ホームページ「BIG TOEの筋肉物語」開設。トレーニングに関節にやさしい高強度トレーニングとしてスロートレーニングを取り入れる。
2001年 北新地「つかね」にて第1回 BIG TOEとSATOの大阪オフ会開催
2000年 弁天町「ティティカカ」にて第2回 BIG TOEとSATOの大阪オフ会開催
2003年 「月刊ボディビルディング」にビギナーの為の種目別トレーニング「基本のキは筋肥大のキ」連載開始

「月刊ボディビルディング」関西特派員としてコンテスト取材開始
2003年 弁天町「ティティカカ」にて第3回 BIG TOEとSATOの大阪オフ会開催
2004年 肩を痛めたのをきっかけに関節にやさしいスロートレーニングに加えてチューブによるトレーニングを取り入れる。
2004年 弁天町「トップラン」にて第4回 BIG TOEとSATOの大阪オフ会開催
2005年 「月刊ボディビルディング」に「マニアックホームトレーニング」連載開始

2005年 大阪梅田マルビル「カラット」にて第5回 BIG TOEとSATOの大阪オフ会開催
2006年10月 京橋「ニューヨーク1」にて第6回 BIG TOEとSATOの大阪オフ会開催
2007年 活動の場を東京に移す。
2007年10月 東京青山「ワールドダンススタジオ」にて開催された「Muscle Feat」に審査委員長として参加。
「Muscle Fest」優勝者倉川昇選手と
2007年11月 大阪梅田マルビル「カラット」にて第7回 BIG TOEとSATOの大阪オフ会開催
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